「映画: フィッシュマンズ」を観た
1987年に結成された日本の音楽グループ、フィッシュマンズのドキュメンタリー映画で、クラウドファンディングを達成してできた映画。2021年公開。
ボクはフィッシュマンズは大好きなんだけど、2021年当時、映画の広告に当たって、この映画の存在を知った。
なんとも、上映以前に、クラファンやっていたことすらも知らなかった。で、その映画を観に行こう観に行こうと思っていたが、上映期間も短く行けなかった。大好き失格である。
いつか観よう、なんて思っていて数年。なんとYouTubeに無料で落ちていた。ありがとう。
YouTubeは、映画をPPVで展開しているが、「無料、広告あり」という条件で無料で公開していたのだ。
172分。約3時間にも及ぶ長尺・超大作。
観終わった感想は、全く3時間も感じさせない。何なんだ、これは。物凄いドキュメンタリーだった。見終わってしばらく動けなかった。
※動画のリンクは最後にあります。
ボクとフィッシュマンズという「状態」の関係
ボクが初めて聞いたのは世田谷三部作(『空中キャンプ』(1996)、『LONG SEASON』(1996)、『宇宙 日本 世田谷』(1997))が完成した後だったので、デビューからはだいぶ経っていた。すでに後追いである。
当時、高校生だったボクは、毎月買っていた雑誌、WARPかsmartか忘れてしまったが、ものすごい激推しのレビューを見て、フィッシュマンズが気になって手に取ったのが初めて。これまでに、世田谷三部作と一枚ベスト盤を持っている。
それから聞かない時期もあったのだが、ずっと聞いている。ちなみに、ライブは行ったことない。
ただ、当時から不思議なフワフワした印象のバンドで、何か触れてはいけないような雰囲気があって。ボクは、掴めないままが丁度良いくらいに思っていて(わからないのが良いみたいな)当時はあまり掘り下げることはしていなかった。
Fishmansのボーカル/ギターで、ほぼ全曲作詞作曲をしているカリスマ佐藤伸治。1999年、人気絶頂であったFishmansに突然訪れた佐藤伸治の死。本作は、遺された現メンバー、元メンバー、関係者などのインタビューを中心だが、ほぼ彼についての内容を話している。
ボクの記憶が正しければ、明らかに佐藤伸治の死後に人気が本格化した気がする。
亡くなってしまって、神格化するミュージシャンやバンドなどはあるが(27 Clubなどもそう)。伝説のバンド、などと言われたりするが、フィッシュマンズの場合は、それとは何か違う。聞けば聞くほど「いい曲だ」「このアルバムは無駄がない」などの感想を通り越して、「どのようにこの曲たちが誕生したのか」「アート作品のような、このクオリティや領域に到達したのか」を考えるようになっていった。
ちなみに、ボクはフィッシュマンズ大好き、ではあるが、熱狂的なファンではない(と思う)。それでもそんなことを考えてしまうほど、世田谷三部作は凄まじいアルバム群なのだ。
そういえば、学生のときの同じクラスにいた、仲良し男子3人組(元気かな)は、当時5万円以上するノイズキャンセリング付きのBOSEのヘッドホンをそれぞれお揃いで持ち、みんなフィッシュマンズを聞いているという「状態」だったことを思い出した。
お隣韓国でも90年代半ばまでは、日本の大衆文化の流入制限があった。それでも音楽フリークたちが、こっそりフィッシュマンズを聞いていて、「空中キャンプ」というミュージックバーやその場所で行われているイベントなどもあり、現フィッシュマンズや関わりのあるアーティストが毎年そのイベントに出演している。(親友の韓国にいる、じんじもそこに関わっているよう)
国から禁じられた音楽をどんな気分で聴いてたのだろうか。まさにノイキャンでヘッドホン3人組のように、音の一粒一粒を拾うように聴いていた「状態」に違いない。
やはりカルト的で、中毒性があるのは聞いた人誰でもそうで、国内外問わず、のめり込む「状態」に持ってかれるのだ。
感想などつらつらと
※ネタバレあるので、観てない人は最後の動画リンクまで飛ばしてください。
佐藤伸治とメンバーが、出会った大学時代の話から、時系列で組み立てていくだが、インタビューひとつひとつにパンチラインがありすぎて、目が離せない。
インタビューは、誕生から現在もメンバーであるドラムの茂木欣一(東京スカパラダイスオーケストラでもドラムを叩いている)、元メンバーは、ギターの小嶋謙介やベースの柏原譲(so many tears)、キーボードのHAKASE(little tempo、OKI DUB AINU BAND、kodama dub station band。知った頃は確か脱退していたので、これらのバンドの印象がボクは強い)エンジニアのzAk。関わっていたミュージシャンとしてUA、永積タカシ(ハナレグミ)、原田郁子(クラムボン)、Yo-King(真心ブラザーズ)。そしてボクがこの映画で一番インタビューを聞きたかった、こだま和文(mute beat、kodama dub station band)など、よく協力してくれたな。よく撮れたなと思うような豪華、というより絶対再現ができないであろう人々のフィッシュマンズ(というより佐藤)の回想を繋いでいき、その、フィッシュマンズとは何だったのか。佐藤伸治はどんな人だったのか。を時系列に掘り下げていく。
監督は、手嶋悠貴さん。この映画で有名になったよう。でも、当時から、その触れちゃいけないような感覚をたぶん持ってたんじゃないか、と思う。なぜなら、暴こうとしてると感じるほどズバズバと掘り下げていくからだ。これは面白い。
佐藤伸治は大学時代からもともとカリスマ性があったこと。元ギターの小嶋はのインタビューなど初めてじゃないか。貴重だ。後期のメンバーと言っても過言でない亡くなったキーボード、バイオリニストのHonziについても語られている。Honziについては、調べてもほぼ出てこない。
日本で初めてのロックステディのアルバムを作ろうと、フィッシュマンズが、こだまさんにプロデュースをお願いしたことは知っていたが、これは、レコード会社がレゲエだったらこの人が良いよ、で引き合わせたものだと思っていた。
佐藤伸治がmute beatのファンで、こだまさんに、曲のプロデュースを熱望したらしい。こだまさんは「嬉しかった。」と静かに語る。ただ、佐藤伸治は、レゲエでもロックステディでもなく、当時1番イケてるロックをやろうとして辿り着いたのが、mute beatだった、というのだ。
それだからか。これだけジャンル分けしたがる国内の音楽シーンにおいて、フィッシュマンズは、特定のシーンやジャンルの界隈にいないのだ。J-POPとして紹介される。本人たちも、レゲエやロックステディを決してやろうとしてない。
ポリドールに移籍して、ワイキキビーチスタジオ(ポリドールが数千万円かけて建てたらしい)で世田谷三部作が生まれる。ただ、驚きは、セールスが全くうまくいっていなかったということ。
それ以降、楽しいバンドから、一変。張り詰めた糸をバランスを取りながら歩くような不安定な状態に。佐藤伸治だけでなく、メンバーや関係者も大きく育ち過ぎてしまったFishmansというモンスターバンドと一人一人が個々で向き合う。当時映像とともに、この頃をそれぞれの視点で回想する。この緊張感がエグい。とにかく重い。
なお、この時期にオリジナルメンバーの柏原も脱退。ワイキキビーチ/ハワイスタジオも閉鎖となった。
その頃の、佐藤伸治の最後のライブとなる『男達の別れ』ツアーファイナルの様子も流れる。
デビューシングルの「ひこうき」をフル尺で演奏する。その頃の心境を全て打ち壊すような、フィッシュマンズの中でもベストであろうステージは本当に必見。当時の凄みを感じる。
これは、映画館で観たかった。
結局、佐藤伸治とは、フィッシュマンズとはを深堀りしていくが、結局は掴めないまま。
まあそれでフィッシュマンズは良いのだろう。
ふと思ったが、奇しくもこれをアップする、3/15は佐藤伸治の命日であった。
これはすごい映画なので、作った人にリスペクトを送りつつ、無料で観るだけでなく、所有したいと思った。

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